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東京地方裁判所 平成6年(ワ)20650号 判決

東京都〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

黒田修一

門西栄一

東京都中央区〈以下省略〉

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

埼玉県大宮市〈以下省略〉

被告

Y1

右両名訴訟代理人弁護士

山田尚

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告に対し、金二億六三五七万三七四二円及びこれに対する平成三年六月二六日(原告主張の不法行為の終了した日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、証券取引について、被告従業員の不法行為を理由に損害賠償請求がされた事案で、勧誘の態様とその不当性が争いとなった。

一  前提事実(1から4までは、争いがない。)

1  原告は、大手百貨店である○○の取締役として同百貨店堺店長となった昭和六二年ころ以降、証券取引業を営む被告会社の堺支店(支店長は、平成六月ころ以降、●●●●)において株式取引(担当者は、平成元年六月ころ以降、従業員被告Y1)を始め、右取引により、別紙月次損益表記載のとおり損益を生じ、平成二年一一月以降、損失額は一〇億円を超えた。

2  原告は、同年一月一七日及び一八日、日本合同ファイナンス株式会社の株式(本件株式)各一〇〇〇株を買い付け、同月二九日、これを売却した。

3  原告は、同三年三月一二日、外国株であるナショナルパワー及びパワージェーンの株式を購入し、同月二〇日売却して約一六〇〇万円の利益を得た。

4  原告は、被告Y1の勧めにより、同年五月二九日から六月二六日までの間、別紙買付一覧表記載のとおり、被告会社に対し、本件株式二万九〇〇〇株の購入を委託し、代金、手数料及び消費税相当額計六億五〇五七万六六九八円を支払った。

5  原告は、別紙売付一覧表記載のとおり、本件株式二万二〇〇〇株を各記載の価格で売却した(甲一、甲五から八まで、弁論の全趣旨。同表中、平成三年一一月二二日から同月二六日まで及び同五年九月二八日に各株数欄記載の本件株式を売却したことは、争いがない。)

二  争点(原告の主張・被告Y1の違法な勧誘)

1  原告は、平成二年一月から四月までに株式取引の損失が約七億五〇〇〇万円(四月分のみで約四億円)に上ったことについて、B支店長らに苦情を申し入れ、Bから、「上司のCや本部とも相談して損失を取り戻すよう検討している。今後も株の売買を続けてほしい。」、被告Y1から、「Cは自分の仲人であり、特別な株の情報も得られるので大丈夫である。安心して任せてほしい。」、C(当時、被告会社常務取締役、近畿四国本部長)からは、「話はY1から聞いた。これからXさんの取引は私がチェックするから、Y1の言うとおりにやってほしい。額は大きいが安心しなさい。時間がかかるが何とか取り戻してあげよう。」とそれぞれ言われた。

2  原告は、同三年三月一二日、前提事実記載3の取引により約一六〇〇万円の利益を得たが、右取引は、Cから、直接、被告Y1に内緒にし、被告会社京都支店においてするよう勧められてしたもので、その際、今後も同様にして徐々に損害を回復すると告げられた。

3  原告は、同年五月、当時の損失約一〇億円の決済のために自宅用の土地及び建物を売却することとし、その経緯を被告Y1に話していたところ、同月下旬ころ、同被告から、要旨、被告会社本部で勧めており、Cも知っている内部情報によれば、被告会社の子会社である日本合同ファイナンスの株式(当時一株二万円前後)について六万円程度までの値上がりが見込まれ、どんなに悪くともすぐに二倍の四万円になるのは確実であること、家を売却したお金を購入に回すべきこと、右取引は絶対安全であること、Cもこれだけ迷惑をかけた人にこれ以上損はさせられないと言っている等と告げられた。

4  原告は、前記のとおり、被告Y1による、内部情報があるかのように装い、値上がりが確実であると告げる違法な勧誘により本件株式を購入し、代金相当額の金員を騙し取られ、左記計二億六三五七万三七四二円の損害を被った。

(一) 本件株式購入代金相当額(一部) 二億四四八七万三七四二円

被告会社に支払った代金額から、別紙売付一覧表記載のとおり本件株式二万二〇〇〇株を売却して得た代金(手数料、各種税を控除する。)二億九九三〇万二九五六円及び原告が保有する本件株式七〇〇〇株の平成六年一〇月一九日現在の評価額一億〇六四〇万円(一株当たり一万五二〇〇円)を控除した差額

(二) 慰謝料 一〇〇〇万円

被告らの不法行為により原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料

(三) 弁護士費用 八七〇万円

本件訴訟の追行を弁護士に依頼し、報酬として支払うことを約した金額

三  被告らの主張

被告Y1による本件株式の購入の勧誘について違法はない。

1  被告Y1は、平成二年一月一六日、本件株式二〇〇〇株の購入に際し、原告に対し、日本合同ファイナンスがベンチャーキャピタル(危険を伴うが成長可能性を持った中規模企業に対し、株式保有等の形で資金を提供し、株式の公開の際、多額の株式売買益を得ようとする企業)であり、本件株式が店頭売買銘柄であること及び本件株式の価格の推移、店頭売買は取引所における売買と比べて規模が小さく、変動率が大きいことを説明した。

2  被告会社堺支店内の会議において、平成三年五月、市況の推移の分析等の結果、今後店頭株が注目され、特に株式無償交付の余力の大きいとみられる本件株式は値上がりが見込まれるとの予測が立てられ、被告Y1は、同月二九日、原告に対し、再度、日本合同ファイナンスがベンチャーキャピタルであり、アメリカにおいてニューヨークダウが殆ど動かない場合でも、小型株の指数が四倍に上昇した例があることを紹介しつつ、今後店頭株が注目されることを説明し、原告の保有する富士通ゼネラル及び東京製鉄の株式を売却し、その代金で本件株式を購入することを勧め、四〇〇〇株の買付注文を得た。

3  被告Y1は、原告に対し、同月三〇日、同年六月六日及び同月一〇日、本件株式の価格の推移が堅調であることを報告して買増しを勧め、それぞれ、一〇〇〇株、一万株、一万株の買付注文を得、同月二五日、本件株式の株価が下降気味であることを報告していわゆるナンピン買い(買増し)を勧め、四〇〇〇株の買い付けについて注文を得た。

第三争点に対する判断

一  本件株式の購入に至るまでの経緯

1  原告は、前記のとおり、○○堺店長となった昭和六二年以来、被告会社堺支店において、株式取引を始め、融資を受けた金員をその資金として、平成元年末までに一二億円余りを出資し、同年末時点では、一億五〇〇〇万円前後の利益を上げていた(甲一、二、一一、原告、被告Y1、弁論の全趣旨)。

2  原告は、平成元年六月ころ、○○京都店長となった後も、被告会社堺支店において株式取引を継続し、同年一〇月ころ、訪れたB支店長及び被告Y1をお茶屋「久富美」に伴い、同人らの上司で被告会社常務取締役近畿四国本部長のCに会い、紹介を受けて名刺交換をした(甲一一、原告)。

3  原告の株式取引は、同二年一月以降、従前取得した株式の買換えが主となり、同年五月までに原告が出費した額はわずかで、この間、原告は、同年二月ころ損益について確認し、被告Y1から二億円余の損失を生じていることを知らされ、同被告を詰問したが、同被告から、要旨、Cが同被告の仲人であり、前記本部長の職にあり、なかなか入手することのできない情報を得る力を有しており、同被告が原告に勧めた株で損失を生じていることもCに説明しており、同人が良い情報をもたらしてくれるので安心できる、との趣旨の説明を聞き、取引を打ち切ることなく継続し、同年一月から四月までの間の取引により計約七億円余(同年四月のみで四億円)の損失を生じ、その後同年末までに損失は一〇億円を超え、同三年五月ころまで右状態は変わらなかった(甲一、二、一一、原告本人、弁論の全趣旨)。

4  原告は、平成二年一〇月ころ、たまたま立ち寄ったお茶屋「西富士」においてCに会い、同人から、要旨、原告の損失について聞いている、額は大きいが取り返すので心配はいらない、被告Y1にもう少し取引を継続させてほしい、必ず損失の生じないようにする、と聞き、善処方を依頼し、同三年二月末ころ、Cから、被告Y1に告げることなく、被告会社堺支店でなく、京都支店を通じ、外国株のパワージェーン及びナショナルパワーを買うように勧められて約五〇〇〇万円の金員を投じ、前提事実記載3のとおり、約一六〇〇万円の利益を得た(甲一〇、一一、原告)。

右取引後、原告は、被告Y1に対して右顛末を告げ、また、Cに電話で礼を述べ、同人から今後も同様の情報を送る旨告げられた(甲一一、原告)。

5  原告は、自宅の建設や株式投資等のために銀行から二〇億円以上の融資を受けており、株式投資による運用利益と自宅用の土地の半分を売却した代金によりこれを返済する予定であったが、株式取引により前記の巨額の損失を生じ、運用利益による返済ができなくなったため、前記融資の返済と建築代金の支払に充てるべく、同三年五月ころ、自宅用の土地及び建物を代金約一七億九〇〇〇万円で妻の父に買い取って貰い、内金一〇億円を銀行に返済し、二億円余を建築代金の支払に充て、残金五億円余も、銀行の融資の返済に充てることとし、そのころ、被告Y1に対しても、株式取引により巨額の損失を生じたために借入金を返済すべく自宅を処分しなければならなくなったことを告げた(甲九、一一、原告、弁論の全趣旨)。

二  本件株式の購入と勧誘方法の違法性の有無

1  被告Y1は、平成三年五月下旬ころ、原告に対し、要旨、やっと良い情報が得られ、Cも是非原告に勧めるように言っており、内部情報であり、絶対口外しないように告げた上で、日本合同ファイナンスについて説明し、当時二万円(一株)の本件株式が六万円になると内部では見ており、どんなに悪くてもすぐに四万円になるのは確実であるとして、購入を勧めた。原告は野村ファイナンスの融資を利用できれば購入する意向を示したが、同被告は、原告に対し、原告には多額の債務があり、これ以上融資が得られないため、保有する株式を売って本件株式に乗り換えるようにと勧め、さらには、この株は絶対値上がりし、多ければ多い程儲けが大きいのであって、短期間で二倍になるにもかかわらず、自宅の売買代金を借入金の返済に充てるのは勿体ないと告げ、右売買代金をも本件株式の購入に充てるよう勧誘し、本件株式が店頭株であり、出来高も多くなく、希望のとおりには買うことができない恐れがあるとも告げて原告の決断を促した。

原告は、被告Y1を介しての取引により巨額の損失を生じていたものの、Cが同被告の仲人であったと聞いていたこと、同人に勧められた株式取引により利益を得たこと、Cからさらに情報を送る旨告げられていたこと等から、Cも勧める情報であるとの同被告の言により、今一度、同被告及びCに賭けて損失を少しでも回復しようと考え、本件株式の購入を決意し、一時的に、自宅の売却代金の一部を本件株式の購入代金に充てることとし、被告Y1に対し、保有する株式(東京製鉄一万株、富士通ゼネラル一〇万株)を本件株式に乗り換え、更に五億円程度を購入に充てる意向を告げて本件株式を買えるだけ買うよう求め、同年五月二九日五〇〇〇株、同年六月六日一万株、同月一〇日一万株の各購入を指示した。被告Y1は、右発注に基づき、別紙買付一覧表のとおり、八回に分けて二万五〇〇〇株買い付け、後同月二六日、値下がり傾向を生じた際には、原告にナンピン買いを勧め、その承諾を得て四〇〇〇株を買い増し、計二万九〇〇〇株を購入した。

(甲一一、原告、弁論の全趣旨。本件株式購入の事実は、争いがない。)

2  被告Y1は、原告に対し、本件株式の勧誘に当たり、日経平均株価が金利の上昇とともに横ばいの状態となり、今後は小型株又は成長株の値上がりが見込まれ、本件株式は店頭市場を代表する銘柄であり、日本合同ファイナンスがベンチャーキャピタルで、含み資産が多く、株式無償交付の余力も大きく、一株当たりの利益から見て、現在の株価が割安と見られる等と説明したのみで、内部情報があると告げたことはなく、値上がりの見込みについての具体的な額を示したこともないという(乙一二、被告Y1)。

しかしながら、前記のとおり、原告は、保有する株式全部を売却し、同年五月二九日から六月一一日までの二週間足らずの短期間に本件株式二万五〇〇〇株(代金約五億七〇〇〇万円。別紙買付一覧表参照)を購入しており、その資金の大部分は、株式投資による利益で返済を予定していた融資について、投資の結果かえって一〇億円を超える巨額の損失を生じたために、右返済資金等に充てるべく処分した自宅(妻●●●●と共有)の売却代金の一部である。被告Y1を介してした株式取引により約一〇億円もの損失を生じ、その結果、自宅をも売却していながら、なお、その代金の一部である五億円もの巨額を株式取引に投じたのは、原告が、元来理性に欠ける賭博を好む性格であるか、又はそれなりの契機があって新たな取引による危険を冒してでも大きな利益を得て巨額の損失を回復することを試みる決意をしたかのいずれかである。前者であれば、およそ社会生活を営むのにも障害を来す性格破産者であると言ってよく、原告が歴史のある大手百貨店の取締役として一つの店舗の経営を任される程の人であることからすると、前者であることは考え難い。本件においては、前記認定のように、被告Y1がCも勧める内部情報によれば本件株式の取引によって利益が確実に得られる見込みがあると説明したことが、原告が本件株式の購入を決意する契機になったと認定するのが合理的というべきで、同被告の弁解は、真実とは認め難く、他に前記認定を左右するに足りる事情は、窺うことができない。

3  一方、原告は、昭和六二年以降、被告会社堺支店において銀行から受けた一〇億円を超える額の融資金により株式取引をし(原告)、平成元年末の時点では一億円余の巨額の利益を計上しながら、同二年四月には六億円もの損失を生じ、以後、同年末に損失が約一〇億円に上るまでも株式取引を継続しており、株式取引によっては、決して、容易に、又は確実に利益が得られるものでないことは十分に知っていたと認められる。また、本件は巨額の損失を生じた後の巨額の取引であり、しかも、原告は、本来確実ということがない筈の株式取引であることを知りながら、被告Y1のいう内部情報の内容の詳細について知ろうともしておらず、前記のように約五〇〇〇万円の投資により短期間に一六〇〇万円もの利益をもたらしてくれたCに対して、情報の確認をすることもせず、本件株式の購入をしている。

4  前記認定によれば、被告Y1のした勧誘は値上がりの見込みを強調するものであるが、根拠については具体的な事実を述べず、抽象的に内部情報があると告げるに止まり、前記認定のような株式取引の経験を有する原告において、右のような勧誘のみにより本件株式が確実に値上がりすると信じるとは到底考え難い。原告は、結局、被告Y1から、本件株式の値上がりについての見通しを聞かされ、その根拠の薄いことを意識しながらも、今一度、結果に賭けて見ようと考え、最終的にはリスクとメリットを比較考量した自己の判断によって本件株式を購入したと推認すべきである。

右各事情の下では、被告Y1の勧誘の態様が有価証券取引に伴う危険性について原告が正しい認識を形成することを妨げる可能性が強く、社会通念上許容された限度を逸脱し、不法行為を構成するということはできない。

三  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 ○○○○ 裁判官 ○○○○ 裁判官佐久間邦夫は、転補のため、署名及び押印をすることができない。裁判長裁判官 ○○○○)

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